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令和で話題の三種の神器

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日本の歴史は、神話の時代の前、縄文時代から続いていていて、当チャンネルにはそういう動画もあるのですが、神々の時代の話を続ける事にします。日本神話において、伊耶那美(いざなみ)を失い黄泉(よみ)の国から這う這うの体で帰った伊邪那岐神(いざなぎ)は黄泉の国から帰ってくると、伊邪那美(いざなみ)を追ったことを後悔して言いました。

「吾は伊那志許米志許米岐穢き国に到りて在り祁理。故、吾は御身の禊為む。」

「私は、なんという酷く汚く穢れた所に行ってしまっていたのか。わたしの身についた穢れを洗い落とそう」

竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原に坐して、禊ぎ祓ひたまひき。

すぐに筑紫の日が当たる橘の小門(たちばなのおど)の檍原(あはぎはら)で禊(みそぎ)をしました。

その禊払い(みそぎはらい)の儀式で大勢の神様が生まれて。最後に左目を洗って天照大御神(あまてらす・おおみかみ)、右目を洗って月読命(つくよみ)、鼻を洗って、建速須佐之男命(たけはや・すさのお・の・みこと)が生まれました。いわゆる三貴子(みはしら・の・うずのみこ)の誕生です。

天照大御神に賜ひて詔りたまひけらく、「汝命は、高天の原を知らせ。」と事依さして賜ひき。故、其の御頸珠の名を、御倉板挙之神と謂ふ。次に月読命に詔りたまひけらく、「汝命は、夜の食国を知らせ。」と事依さしたまひき。次に建速須佐之男命に詔りたまひけらく、「汝命は、海原を知らせ。」と事依さしたまひき。

伊邪那岐神(いざなぎ)は三柱の神に仕事を与えました。

「天照大神は高天原を治めなさい。

月読尊(つくよみ)は蒼海原を治めなさい。

須佐之男命(すさのお)は天下を治めなさい。」

それぞれの担当範囲で仕事をするように指示をしたんですね。昔から働き者ですね。日本人は。三貴子の中で、月読については、その後の神話に登場しないのですが、ところが、須佐之男命は、海原を治める仕事を命じられたのですが、何もしないで、大声で泣き喚いているだけで、その度に草木が茂る山々が枯れ木の山になり、川・海の水が干上がるほどでした。

「何由かも汝は事依させし国を治らずて、哭き伊佐知流。」

「なぜ、お前は国を治めずに泣いているのだ?」と伊邪那岐神が尋ねたところ、

「僕は妣の国根の堅州国に罷らむと欲ふ。故、哭くなり。」とまをしき。

須佐之男命は「亡き母の居る『根の国』へ行きたいのです」と答えました。

「然らば汝は此の国に住むべからず。」

「ならば、出て行け」と、呆れ果てた伊邪那岐神が追放したんですけれども。

須佐之男命(すさのお・の・みこと)は

「然らば天照大御神に請して罷らむ。」といひて、乃ち天に参上る時、山川悉に動み、国土皆震りき。

「では、天照大御神(あまてらす・おおみかみ)に理由を説明してから根の国(ねのくに)

へ行くことにしよう」と言って、高天原に登って行きました。すると山や川が震えました。

それで、天照大御神もパニックになってしまって、わざわざ男装して、弓矢で武装して、須佐之男命を待ち受けました。そしたら天照大御神が、

「何故上り来つる。」

「何をしに来た!」と強く問いただしたわけですね。

爾に速須佐之男命、答へ白しけらく、「僕は邪き心無し。唯大御神の命以ちて、僕が哭き伊佐知流事を問ひ賜へり。故、白し都良久、『僕は妣の国に往かむと欲ひて哭くなり。』とまをしつ。爾に大御神詔りたまひけらく、『汝は此の国に在るべからず。』とのりたまひて、神夜良比夜良比賜へり。故、罷り往かむ状を請さむと以為ひてこそ参上りつれ。異心無し。」とまをしき。

速須佐之男命(ハヤスサノオノミコト)は答えました。

「私に邪心はありません。大御神(伊邪那岐神、イザナギ)に(海原の統治を)命じられて、私が泣いていると、イザナギが理由を尋ねたのです。

そこで私は『母の居る根の国(ねのくに)へ行きたい』と思っていると言いました。

すると大御神(イザナギ)は『この国から出て行け』と私を追放したのです。 そこで、母の居る根の国(ねのくに)へ向かうことになった事情を話に来たのであって、謀反の心などありません」と言いました。

爾に天照大御神詔りたまひけらく、「然らば汝の心の清く明きは何して知らむ。」とのりたまひき。是に速須佐之男命答へ白しけらく、「各宇気比て子生まむ。」とまをしき。

天照大御神(アマテラス・オオミカミ)が言いました。

「ならば、あなたの心が清く正しいことは、どうやって証明するのですか?」

すると須佐之男命(スサノオ・ノ・ミコト)が「誓約(ウケイ)をして子供を生みましょう」

と言いました。

誓約(うけい)というのは、神様の意思・真意を占うことで、お互いにものを交換して。その物から子どもを生むわけです。

神話なので、物から子どもが生まれても、何も不思議ではないでしょう。例えば、ギリシャ神話でも、知恵の女神であるアテーナーは、斧で主神ゼウスの頭頂部を叩き割ったら、中から鎧を纏った武装した成人の姿で誕生したんですから。ちなみに、アテーナーは今のギリシャの首都アテネの語源なんですけれどね。

それで、高天原の河のである天安河(あめの・やすかわ)を間に挟んで、二柱(ふたはしら)は誓約(うけい)をしました。天照大御神(あまてらす・おおみかみ)が須佐之男命(スサノオ・ノ・ミコト)の十拳剣(とつかのつるぎ)を受け取り、生まれたのが、多紀理毘売命(タキリヒメノミコト)、市寸嶋比売命(イチキシマヒメノミコト)、多岐都比売命(タキツヒメノミコト)、の三柱(みはしら)の女神でした。

逆に須佐之男命が天照大御神から姉の角髪(ミズラ)に沢山の勾玉(まがたま)を貫き通した五百津の美須麻流の珠(いおつの・みすまるの・たま)、玉緒を受け取って、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(マサカツ・アカツカ・チハヤヒ・アメノ・オシホミミノ・ミコト)、天之菩卑能命(アメノ・ホヒノ・ミコト)、天津日子根命(アマツ・ヒコネノ・ミコト)、活津日子根命(イクツ・ヒコネノ・ミコト)、熊野久須毘命(クマノ・クスビノ・ミコト)の五柱(いつはしら)の神を生みました。正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命こそが、今の皇族のご先祖様ですね。

天照大御神(アマテラスオオミカミ)が速須佐之男命(ハヤスサノオノミコト)に言いました。

「是の後に生れし五柱の男子は物実我が物に因りて成れり。故、自ら吾が子ぞ。先に生れし三柱の女子は、物実汝が物に因りて成れり。故、乃ち汝が子ぞ。」

「後から生まれた5人の男の子たちは、私の持ち物によって生まれた。したがって、この5人は自然、私の子ということになる。先に生まれた3人の女の子は、お前の持ち物によって生まれた。したがって、この3人は自然、お前の子ということになる。」

と、生まれた神を分けました。

というわけで、男の神様たちが天照大御神(アマテラスオオミカミ)の子、女の神様たちは須佐之男命(スサノオノミコト)の子とされたわけなんですけれども。誓約(うけい)が一応上手くいったので、須佐之男命(スサノオノミコト)は

「我が心清く明し。故、我が生める子は手弱女を得つ。此れに因りて言さば、自ら我勝ちぬ。」

「わたしの心は清らかで明るいものである。だから、生まれた子は、か弱くやさしい女の子だった。 それは言ってしまうと… つまりわたしが誓約(うけい)に勝ったということだ!」

と調子に乗りまして、高天原に残りました。で、天照大御神が手入れしている田畑で暴れて、畦(あぜ)をぶち壊して、田に水を引く溝を埋めてしまったりとか、その年の新嘗(にいなめ)、つまり神様に捧げるお米を頂く神聖な御殿で、大便をして回るとか、乱暴狼藉の限りを尽くしました。

農業を司る神の神殿や田んぼを、伊邪那岐神(いざなぎ)の鼻から生まれた暴風の神、須佐之男(スサノオ)が滅茶苦茶にするわけです。夏から秋に掛けての古来から続く日本の風景を表しているのでしょうか?

でも確かに神様とは思えないほどに乱暴な須佐之男に、一応、天照大御神はお姉さんなので我慢していました。ある日、須佐之男は神様の衣を織る御殿の屋根をぶち破って、皮を剥いだ馬の死体を放り込みました。すると、驚いた織姫がいた女性が驚いて、女性器を機織りの部品の一つである梭(ひ)で突いて死んでしまいました。

「女性器を突いて死ぬ」というのが「女性機能を失う」という意味と捕えると、ここで天照大御神が新たな神を生む能力を失ってしまった、ということを表しているのでしょうか。

実際、「古事記」「日本書紀」で、この後、天照大御神が神を生むことはありません。

さすがに天照大御神は絶望しまして、天岩戸(あまのいわと)の中に閉じこもってしまいました。天照大御神は太陽の神様なので、その結果、世界は闇に包まれ邪神がはびこってしまいました。天照大御神は世界を照らすだけでなく、そこにいるだけで邪心を抑えていたんですね。

天照大御神が閉じこもったまま一向に出てこない、というわけで、八百万(やおよろず)の神様たちが天安河(あめの・やすかわ)の河原に集まりまして、知恵の神である思金神(おもいかねのかみ)の発案で、様々な儀式を行うことになりました。

具体的には、天安河の岩と鉄で、八咫鏡(やたのかがみ)と八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を作り出しました。

思金神(おもいかねのかみ)の策は祭りを開くというものでした。

まず長鳴鳥(ながさきどり)を集めて泣かせました。

次に天安河(あめのやすかわ)の上流の天の堅石(かたしは)と、天の金山(あめのかなやま)の鉄を材料に、鍛冶屋の天津麻羅(アマツマラ)と鏡の神の伊斯許理度売命(イシコリドメ・ノ・ミコト)に鏡を作らせました。

また宝石の神の玉祖命(たまのおや・の・みこと)に勾玉を連ねた玉緒を作らせました。

次に天児屋命(アメノコヤネ・ノ・ミコト)と布刀玉命(フトダマ・ノ・ミコト)を呼び、天の香具山(あめのかぐやま)の鹿の骨を抜き取って、同じく天の香具山の桜の木で占いをさせました。

そして、天の香具山の榊(さかき)の木を一本抜いてきて、上に玉緒を、中段に、天安河の岩と鉄で作らせた八咫鏡(やたのかがみ)を、下段には白い布と青の布を垂らしました。

その飾った榊を布刀玉命が持ち、天児屋命が祝詞(のりと)を唱え、天手力男神(アメノ・タヂカラオ・ノ・カミ)が岩戸のそばに隠れて立ち、天宇受売命(アメノウズメ・ノ・ミコト)が日陰蔓(ひかげかずら)を「たすき掛け」にし、マサキカズラを髪に飾り、手には笹の葉を束ねて持ち、桶を伏せてその上に立って踏みならしました。

天宇受売命(アメノウズメ・ノ・ミコト)に「神がかっ」て来ると、胸をはだけ、女性器をあらわにしました。すると、八百万(やおよろず)の神がどっと笑いました。

天照大御神(アマテラス・オオミカミ)はおかしいと思い、天の石戸(あめのいわど)の扉を少しだけ開いて、中から覗いて聞いてみました。

「吾が隠り坐すに因りて、天の原自ら闇く、亦葦原中国も皆闇けむと以為ふを、何由以、天宇受売は楽を為、亦八百万の神も諸咲ふぞ。」

「わたしが隠れて、天は自然と暗黒になり、葦原中国(アシハラのナカツクニ)も皆、闇となったのに、どうして天宇受売(アメノ・ウズメ)は踊り、八百万の神(ヤオヨロズノ・カミ)は笑っているのか?」

と言いました。

すると天宇受売(アメノ・ウズメ)は

「汝命に益して貴き神坐す。故、歓喜ひ咲ひ楽ぶ。」

「あなた様より尊い神が現れたので喜んでいるのです」と答えました。

天宇受売(アメノウズメ)がそう言っている間に、天児屋命(アメノコヤネ・ノ・ミコト)と布刀玉命(フトダマ・ノ・ミコト)がその鏡を天照大御神(アマテラス・オオミカミ)に指し出して見せると、不思議がって、岩戸から覗きこみました。

そのとき隠れていた天手力男神(アメノ・タヂカラオ・ノ・カミ)が天照大御神(アマテラス・オオミカミ)の手を引っぱって出しました。そしてすぐに布刀玉命が尻久米縄(シリクメナワ)を天照大御神の後方に掛けて

「此れより内にな還り入りそ。」

「これより中には入ることはできません」と言いました。

天照大御神が出てきたので高天原(たかまがはら)にも葦原中国(あしはらの・なかつくに)にも自然と太陽の光が戻りました。

以上が天照の天岩戸の話です。で、この時使われた八咫鏡(やたのかがみ)と八尺瓊勾玉

(やさかにの・まがたま)が現在の皇室に伝わる三種の神器のうちの2つです。

八咫鏡は伊勢神宮に、八尺瓊勾玉は皇居に実在しています。

その後、八百万の神は話し合って、須佐之男命(スサノオノ・ミコト)に沢山の品物を罰として納めさせ、髭を切り、手足の爪を抜いて、追放してしまいました。

追放された須佐之男命は出雲の肥河(ヒノカワ)の上流の鳥髪(トリカミ)という地にやってきました。すると河に箸が流れてきたので、須佐之男命は「人が住んでる」と思って、探していくと、おじいさんとおばあさんがいて、その間に少女がいて、泣いていました。

「汝等は誰ぞ。」

「お前らはダレだ?」と須佐之男命が問いましたところ、

「僕は国津神、大山津見神の子ぞ。僕が名は足名椎と謂ひ、妻の名は手名椎と謂ひ、女の名は櫛名田比売と謂ふ。」

「わたしらは国津神の大山津見神(オオヤマヅミノカミ)の子で、わたしは足名椎(アシナヅチ)といいます。妻の名前は手名椎(テナヅチ)といいます。娘の名前は櫛名田比売(クシナダヒメ)といいます」

「汝が哭く由は何ぞ。」

「どうして泣いている?」

とスサノオが聞くと

「我が女は、本より八椎女在りしを、是の高志の八俣の遠呂智、年毎に来て喫へり。今其が来べき時なり。故、泣く。」

足名椎が答えるには、「八俣の遠呂智(ヤマタノオロチ)という怪物が毎年のように襲ってきて、娘を1人ずつ餌食といたします。今年もまた怪物が来る時節になりまして、こうして足を撫で手を撫でるほどにかわいがっております。最後に残った櫛名田比売(くしなだひめ)もまた怪物の餌食になるのかと思い、それが悲しくて、こうして手を取り合って泣いています。」

須佐之男命は

「吾は天照大御神の伊呂勢なり。故今、天より降り坐しつ。」

「わたしは天照大御神(アマテラス・オオミカミ)の同母弟です。 今、高天原より降り立ちました」と名乗り、櫛名田比売(クシナダヒメ)を献上されて、

その目はホオズキのように赤くて、体がひとつで、頭が八つ、尻尾が八つ、日陰かずらやヒノキや杉が生えていて、八つの谷と八つの峰にわたる身体をしていて、その腹をみると常に血が滲んでいる、という怪物、八俣の遠呂智を退治することになりました。

実は、八俣の遠呂智は水害の象徴とする説も

出雲の河川が氾濫する様子とそれを治水によって治めた「スサノオ」の物語なのかもしれません。いずれ、出雲の河川に古代の「治水」跡が見つかるのかもしれません。

さてヤマタノオロチの腹が血まみれなのは、この地域で「鉄(=酸化鉄)」の生産があったからではないかとも言われています。

須佐之男命(スサノオ・ノ・ミコト)はたちまち、娘を 湯津爪櫛(ユツ・ツマ・クシ)に変え、自分の御美豆良(ミミズラ)に刺し、足名椎手名椎(アシナヅチ)に言いました。

「汝等は、八塩折の酒を醸み、亦垣を作り廻し、その垣に八門を作り、門毎に八佐受岐を結ひ、其の佐受岐毎に酒船を置きて、船毎に其の八塩折の酒を盛りて待ちてよ。」

「あなたがたは、八塩折(ヤ・シオリ)の酒を醸造しなさい。 次に垣根を作って、そのなかに8つの門を作り、 門に桟敷を作って酒の桶を置いて、 濃い八塩折の酒を盛って待っていなさい」

命じられたとおりに準備していると、その八俣遠呂智が足名椎(アシナヅチ)の言ったとおりにやってきました。

大蛇はすぐに8つの頭を酒桶ごとに突っ込み、酒を飲み干して、その場で酔って伏して眠ってしまいました。

佐之男命(スサノオ・ノ・ミコト)は身に着けていた十拳剣(トツカノ・ツルギ)を抜いて、その蛇を切り刻みました。

すると、血が流れていき、肥河(ヒノカワ)が血で染まりました。

尾を切っているとき、剣の刃が欠けました。

怪しいと思い、剣の先で尾を刺し裂いて見ると、都牟刈の大刀(ツムカリ・ノ・タチ)がありました。それでこの太刀を取り、不思議なものと思い、天照大御神(アマテラス・オオミカミ)に報告して奉りました。

この大刀(タチ)が三種の神器の一つである天叢雲剣(あめの・むらくもの・つるぎ)です。別名、草薙剣(くさなぎの・つるぎ)といいますが、なぜ草薙剣なのかは、別の動画で解説していますが、ちなみに、この天叢雲剣(あめの・むらくもの・つるぎ)は、愛知県の熱田神宮に、御神体として納められています。当然の事ですが、一般人は見ることができません。

佐之男命は高天原で様々な罪を犯し、その罪が原因と成って天岩戸の事件が発生し、太陽が消え、闇に包まれました。佐之男命は犯罪者となり、ついに高天原を追放されることになりました。

髭をそられ、爪を剥がされ、様々な宝物を差し出す事で、その罪の穢れを祓われた状態で、地上に降りたから、八俣遠呂智退治で英雄になったという意見もあります。

伊邪那岐神(イザナギ)が伊邪那美命(イザナミ)を追って黄泉の国へと行き、帰った後に穢れを祓う禊(ミソギ)をしたことで、様々な神が生まれましたが、このとき穢れが落ちきっていないがために、佐之男命に受け継がれて、後の天岩戸事件を起こしたのではないか?と江戸時代の国学者、本居宣長は言っています。

須佐之男命(スサノオ・ノ・ミコト)は宮殿をつくるべき土地を「出雲国」に探し求めました。

伊邪那岐神(いざなぎ)に、

「僕は妣の国根の堅州国に罷らむと欲ふ。」

「亡き母の居る『根の国』へ行きたいのです」と言っていたのだから、当然と言えば当然、なのですが。

そして須賀(スガ)の地にたどり着き、詔(ミコトノリ)しました。

「吾此地に来て、我が御心須賀須賀斯。」

「わたしはこの土地に来て、心が清々しい、のを感じる」

と言い、須賀に宮殿を造りました。

須佐之男命が須賀の宮殿を作ったときに、この土地から雲が立ち登りました。

そのときに、日本で初めて歌をお読みになりました。

八雲立つ 出雲八重垣妻籠みに 八重垣作る その八重垣を

(やくも・たつ、いずも・やえがき・つまごみに、やえがき・つくる、その・やえがき・を)

歌の意味は、八雲に雲が立ち上っている。その名も出雲の国に雲は立ち、80の玉垣(たまがき)を成して私の宮殿を取り囲む。私は今、妻を得て、この宮殿を建てるわけだが、私と妻とを閉じ込めるように雲が立ち、80の玉垣を作る。雲が80の玉垣を作っているという。

その後、足名椎(アシナヅチ)を呼んで、

「汝は我が宮の首任れ。」

「お前が、この宮殿の責任者だ!」と伝えて任じました。

須佐之男命は、高天原で散々なことをしたのに、最後には幸せな家庭を持ったという感じです。

須佐之男命は出雲で八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)を退治します。須佐之男命は罪人として高天原を追い出された後に英雄となるわけです。普通はおかしい。須佐之男命は罪に穢れているのです。前科者が世界を救うのです。

日本のヒーロー像は倭建命(ヤマト・タケル)や須佐之男命(スサノオ)のように子供の頃は「はみ出し者」で、後に英雄となるという例が少なくありません。桃太郎はそもそも人間ではありません。一寸法師も人間ではありません。金太郎の母親は山姥です。

日本ではふつうで無いもの、つまり「鬼」が世界を救います。もしかしたら日本のヤクザ映画の根底にあるのはこの日本人のヒーロー観なのかもしれません。

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