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日本

壬申の乱

中大兄皇子(なかの・おおえの・おうじ)は、大化の改新を中臣鎌足(なかとみの・かまたり)に加えて、もう1人、優秀で人望がある弟、大海人皇子(おおあまの・おうじ)とともに進めました。中臣鎌足が中大兄皇子の右腕ならば、大海人皇子は左腕という所です...
古代

白村江の戦い

孝徳(こうとく)天皇が病気でお隠れになられ、またもや、中大兄皇子の母親である皇祖母尊(すめみ・おやの・みこと)が斉明(さいめい)天皇として即位なさられました。一度譲位した天皇が再び即位することを重祚(ちょうそ)と呼びますが、日本では、皇極天...
古代

大化の改新

我が国初の政治改革となる大化の改新(たいかの・かいしん)。日本のそれまでの社会のあり方を大きく作り替えたいわゆる制度改革ですが、西暦645年、乙巳の変(いっしのへん)の直後に皇極天皇が退位し、弟の孝徳天皇が即位。皇極天皇の息子の中大兄皇子...
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古代

乙巳の変

蘇我馬子(そがの・うまこ)が崇峻(すしゅん)天皇を暗殺し、その孫の入鹿(いるか)は上宮王家(じょうぐうおうけ)を滅ぼし、朝廷における蘇我氏の権力は、いよいよ手がつけられなくなっていきました。しかも、やることが実にきな臭くなっていきました。少...
古代

上宮王家の滅亡

当チャンネルの別の動画で何度も説明していますが、人類史に無数に登場した王朝において、現実的な政治的な能力は置いといて、一般民衆が最も権威を感じるのは、君主の血統です。偉大なる先祖の血を引いているというだけで、人々は国王や皇子にそれなりの権威...
古代

聖徳太子

聖徳太子は、おばである額田部皇女(ぬかたべの・ひめみこ)が日本史上初の女帝、推古天皇として即位し、その皇太子となった人物です。実は、現在に至るまでの日本の権力構造を決定したのが聖徳太子なのです。つまり、聖徳太子が登場しなければ、日本はまった...
古代

仏教伝来の本当の理由

元々、仏教は、紀元前500年頃、今から2500年も昔に、インドで生まれた宗教です。仏教の開祖は、ゴータマ・シッダールタというインド北部のシャーキャ族の王子で、お釈迦様と呼ばれています。これは、シャーキャ族、別名シャカ族、という部族の名前から...
古代

継体天皇

神武天皇など、『記紀』にも多くの天皇がお詠みになられた和歌が記されておられますが、当チャンネルの別の動画にもあるように、雄略(ゆうりゃく)天皇は殺戮でも有名な天皇でしたが、日本の最古の歌集『万葉集』に天皇本人の和歌が掲載されているように、雅...
古代

皇統の危機

我が国は、2000年以上、神武天皇以来の男系の皇統を守り続けている世界で唯一の国です。その起源は神話から続いております。神世七代(かみのよ・ななよ)の陽神(おがみ)である伊邪那岐神(いざなぎ)が禊(みそぎ)をして産まれた天照大御神(あまて...
古代

大古墳文明

「大・古墳文明」(だい・こふんぶんめい)と呼んだのは、日本の四世紀以降の古墳文明は古墳の数、大きさ、使われた土木技術が、古代エジプトのものと比べても、勝(まさ)るとも劣らない程、大規模なものだったからです。誤解している方も少なくありませんが...
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